第三章:“蘇州評弾”概要

1.        蘇州評弾の歴史 

(1)      勃興期:今から400年前の明朝初期に蘇州では既に説書が行われていた。清朝時代の書籍“呉県志”によると「明・清の時代に弾詞、評話が盛んになった。二者は明らかに異なるが、説書と総称して、蘇州にその源を発する」とある。もともと蘇州は2500年の歴史を有する都市で、古来経済や文化が栄え、清朝では中国全土から多くの物や人が往来し、その中で評弾は次第に1つの説書芸として確立した。

(2)     上海での最盛期:1840年(文化文政時代)のアヘン戦争以後、西欧列強が中国へ進出する中で上海の発展は目覚しく、蘇州から拠点を移した人々が上海市のかなりの比率を占め、一時は“街中すべてが蘇州語で埋まる”という状況であった。蘇州評弾も畢竟上海で飛躍的に発展する。とりわけ20世紀の初期には評弾の拠点も蘇州から上海に移り、上海から江蘇省、浙江省など揚子江下流一帯へ広がり、さらに遠く北京、天津など華北地域、及び武漢など内陸部へと広がって行った。1920年台以降、とりわけ放送事業の発展の中で、“空中書場”と呼ばれ、評弾は最盛期を迎えた。なお、日中友好講談大会開催(2008年10月13日~20日)に来日した袁小良によるとこの時期が評弾最盛期の第一期であると言う。この時期は男性の演者が主流で、評話だけでなく、弾詞も一人芸であった。1930年に入ると弾詞は男性二人の公演が増加する

(3)      新中国成立後の盛衰:中華人民共和国成立直後の1950年代には、中国共産党は社会主義体制内の大衆芸能のとして確立するために、各都市に、例えば上海評弾工作団や蘇州市人民評弾団など興行団体を設立し、伝統演目の整理、創作活動、及び興行を行なった。この時期、弾詞は男女二人の公演が次第に増えてくる。なお、日中友好講談大会開催(2008年10月13日~20日)に来日した袁小良によるとこの時期が評弾最盛期の第二期であると言う。

   しかし、1965年から10年間、文化大革命の極左的風潮の中で壊滅状態に陥った。そして、1980年以降、経済の対外開放政策によって欧米、日本など多くの国外の流行文化が入ってくる中で、他の伝統芸能同様に衰退傾向にある。他方、21世紀に入り、中央や地方の行政府の強い支援を受け、また、一般市民の生活水準の向上とともに精神文化への回帰も進み復活の兆しも見られる。なお、日中友好講談大会開催(2008年10月13日~20日)に来日した袁小良によると現在は評弾最盛期の第三期と呼ばれ、約500名の評弾家が揚子江下流地帯、いわゆる江南地区にて活動している。そして、ここ20年間は女性の評弾家が7割を占めている。

 

2.蘇州評弾の特徴

(1)      演出技法

l         長篇評弾、中篇評弾、短編評弾

長篇評弾は数十席から数百席ある読物もので、1席を1日1~2時間口演し連日語る。中篇は3席~4席有る読物で上、中、下などに分けて口演される。短編は一席物。なお、長篇、中篇には中抜きを行い一席としても口演される。

l         4つの本来の演出技法:“読み”、“楽器演奏”“唄い調子”、“くすぐり”

以上5つのうち、“読み”があくまでも基本芸である。評話は“読み”だけで口演され、弾詞では“楽器演奏”と“唄い調子”が加えられ、とりわけ「誰々の何々調子」として数派確立している。

最後の「“くすぐり”を特別に取り上げるのは、蘇州評弾でこれを重視するからである。いわゆる“くすぐりは即ち書中の宝”、“くすぐり無くして書は成立しない”と言われる」(上掲「蘇州評弾」抜粋)。大まかには、以下の3種類;(評弾文化詞典参考)(1)演者自身の言葉による笑わせどころや滑稽な身ぶり、(2)内容や登場人物の面白み、(3)内容に関連した可笑し味のある話題、そしてその話題に関連したほかの話題。

l         後になって加えられた演出技法:“しぐさ”

演者が読物中の登場人物の年齢、身分、性格、外形に基づき、第一人称(即ち登場人物)にて声、表情を演じる。そこで登場人物に相応しい言い回し、そして弾詞では唄い調子が生まれて来た。伝統演目では伝統演劇から借用している。(評弾文化詞典を参考にして加筆)

l         “読み”の中の口調: 散文形式と韻文形式

評話ではほとんどが散文であるが、韻文も使われる。一方、弾詞では両形式が半々で、韻文は唄い調子に使用される。韻文では、五言、七言、その他の韻文形式にて、登場人物の紹介や行動経緯、そして心理状況が描写される他、その自然の光景、(戦場などの)情景も描かれる。

また、評話、弾詞とも演者自身が高座に上がって開口で韻文を用いる場合と、登場人物の自己紹介などで韻文を用いる場合が有る。特に、弾詞でそれが弾き語りの形式を取り、この部分が “開篇”として独立して演じられる。

l         その他の演出技法:手のしぐさ、顔の表情及び擬声語や擬声語

上掲書籍「蘇州評弾」を一読すると、手のしぐさは講談のそれと類似している。擬声語、擬態語の例として通称「口技八技」と言われるが具体例はさまざま。例えば、爆発、出撃太鼓、拍手、銅鑼鳴らし、馬の嘶き、木魚、馬の蹄。さらに笑い声、泣き声が加わり、新作では銃声、砲声が加わる。その他に歩き方、階段の上り下り、入水音、波の音、開門など各種の擬態語、擬音語が使われる。

 

l         日本の講談の高座で採用される“引き事”

日中友好講談大会開催(2008年10月13日~20日)に来日した袁小良によると、演目の途中にニュース性のある話題や雑談などを入れることは有るが、それは相当の力量が無いと出来ないとのことである。

l         連続物の構成

           始まり:長期間の連続口演の場合、1日目はストーリーの経緯や概要を説明。2日以降では前日の口演の概略を説明

      山場(中国語では“関子書”):ストーリー展開中の高潮部分と転換点、往々にして矛盾の衝突が精鋭化し、今後の展開や人物の運命が気がかりとなる場。ここは原作者と演者が最も念入りに工夫する所なので、きめ細かな構成となり、人物描写も生き生きとしており聴き手を最も惹きつける。山場こそ評弾の重要構成部分であり、ことわざにも「山場の毒は砒素の如し」とか、「山場無ければ(評弾の)書と言えず」と有る。共産党古参幹部で評弾の指導支援に尽くした陳雲(1905-1995)は「山場の構成が上手ければ聴き手を惹きつける」と指摘する。(評弾文化詞典より抜粋加筆)

因みに中国語で【関子を売る】という言葉の意味は、「講談師が聴衆の興味を引きつけておくために,山場になる前に「後は明日のお楽しみ」と言って講談を打ち切ること.(転じて)人をじらして自分の要求を承諾させること」である。(小学館発行中日辞典より引用)

    ???(中国語では“弄堂書”):長編演目で、ストーリーが高潮に達するまでの発端から経過を読んだ箇所。これが有ってこそ山場が迎えられる。(評弾文化詞典より抜粋加筆)

       結末: 一件落着。聴衆が席を離れられる。(上掲書籍「蘇州評弾」)

(2)            伝統演目 その時代背景は明代以前のものが多い

l          評話:演義物で、《三国志演義》、《隋唐演義》、《英烈伝》、《岳飛伝》が有り、演目の主流である。他に、英雄や義侠物、政談物では《七侠五義》、《包公案》、《緑牡丹》。神仙や妖怪を取り扱った《封神榜》、《西遊記》、《済公伝》。一般的に、評話はその内容や口演が豪放磊落なので“大書”とも呼ばれる。

l         弾詞:家庭内の親子関係、恋愛や婚姻をテーマとする男女関係、冤罪疑獄とその裁き。《三笑》、《玉蜻蜓》、《珍珠塔》など。評話に比べ、繊細柔和な内容や口演となるので“小書”とも呼ばれる。

(3)      公演形式

評弾では講釈場を“書場”と呼び、演者を“説書人”(書物を説く人)、聞き手を“聴書人”(書物を聴く人)と呼ぶ。日本と異なり、定席書場の場合、演者は一日2時間(途中で休憩10分)、約半月連日の口演を受け持ち、その間、連続の長編物を読み続ける。

“書台”と呼ばれる高座に上がる演者は、1人の場合も有れば、2人から3人が組になる場合もある。評話の場合1人が主流であり、弾詞では2人一組が最も多く、しかも男女のコンビが普通である。因みに“書台”は「煉瓦状の木を積み重ね、地面より高く、聴衆が聴きやすいよう、見やすいように配慮されている。近世には既に音響、照明設備が配置されていた。劇場公演の場合、そのまま書台となる」(評弾文化詞典より抜粋翻訳)

以前は大都市では、日本の定席寄席同様に3組、または4組の演者が続けて出演し、一組45分くらい口演していた。しかし、現在はこの形式は少ない。その理由は、高齢で引退者が主体の常連客では入場料も高く出来なく、その目当ては連続の読物で一回の出演者が多いと営業上不利になるからである。(上掲書籍「蘇州評弾」より引用)

ここで小道具類を評弾文化詞典より抜粋して和訳紹介する

    “半卓”:別名“龍卓”で、楽器、“醒木”、“道具”、“家生”を置く台。演者と客席間や演者間の距離を縮めるために一般の方卓の半分の大きさ故に名付けられた。この両側面の美観と周囲との調和が求められる。(福島追記:一般には“書卓”と呼ばれることが多い)

    醒木”:評話が用いる場合が多い。玉石や堅い木の他、翡翠、水晶など。長さ一寸(約3.3センチ)、半寸の方形。聴衆の注意を喚起したり、語句の強調や声の勢いの助長などをしたりするために用いられる。(福島追記:客の眠気を覚まさせるためとも冗談に言われたことがある)

    “道具”:扇子、ハンカチ、湯飲み茶碗、茶瓶など。それぞれ本来の目的に用いる他、例えば扇子は朴刀(古代の武器で柄が短く,刀身が狭くて長い刀)、槍、拳銃、棍棒などに演出上で象徴的に使われる。

    “家生”:弾詞で用いられる楽器類の総称。主に三弦と琵琶、他に秦琴、二胡(胡弓の一種)、阮咸(民族楽器の一種.『語源』“阮咸”は晋の竹林の七賢の一人.彼がこの楽器に巧みであったことから名付けられた)。

 

ー続くー