2007年江蘇、上海迎春評話公演(

正道を歩み、評話芸を振興させる

―評話座談会聞き書きー

文章作成/范華民、 撮影/支立、隠

 

2007131日午前、蘇州市評弾団の会議室にて評話振興座談会が開催された。出席者は、周良評弾芸術理論家、曹鳳漁(雑誌「評弾の友」編集主幹)、孫惕(蘇州市評弾団団長)周明華、龍志明、金声伯張国良呉君玉徐檬丹楊玉麟、周強、馬宏梁、姜永春李剛陳偉春、張正平、及び中国評弾ネットのボランティアの人たちである。蘇州市評弾団の孫惕団長が進行役を勤めた。この座談会は“2007年江蘇、上海迎春評話公演”に合わせて開催され、その目的はいかにして評話芸が正道を歩み、その振興を図るかということである。

先ず、張国良(78)が口火を切った。30日午後の公演について論評。いずれも素晴らしい出来であると認めた上で、一部の口演者の足りない部分についてコメントを付け加えた。さらに、実父である張玉書について触れ、実父が一生のうち何回か満足の行く口演があった。自分が納得し、聴き手も満足させられるようにしたい。それがなければならない。

徐檬丹の発言は、評話にとって今はまさにその生死存亡のかかった正念場であり、後継者がいないことが課題である。皇帝、将軍、宰相関連の歴史ドラマはかなり多くテレビで放映されているし、侠客物もテレビでやっている。評話はこれ以上に語れねばならない。さらに、(ピンの漫才で今売れている)郭徳綱について言及し、彼は発想が新しいし、粘り強い上に、地道にこつこつと仕事をしている。そこで我々評話家も汗を流さなければならないし、題材にこだわることなく突き進んで行き、各人が自分の道を行けば良い。30人なら30の道が有って良い。

次に金声伯。(中国中央テレビ局の講演番組である)《百家講壇》で(今やスター学者と呼べる)閻崇年、易中天の講座を聴いていると啓発される。彼らは素材に視点を付け加え、新たな評論を行い、百方手を尽くして探し回り、海外にまで出かけてゆく。我々はこれを参考に出来ないだろうか?正道を歩み発展させて行く。即ち評話の文化価値を高め、ただ滅多矢鱈に演ずるのではなく、蘇州評話は蘇州文化なのだから、それを保存しながら、さらに工夫を凝らせば、評話の地位も少しは高めることが出来る。現在、農村文化の構築が必要で、その点では評話の状況も好転して来た。農村の宿泊条件も以前より良くなっている。結局、各自が前向きに捉え、幾らか犠牲を払わねばならないけれども、要は聴き手を獲得するために努力しなければならないと思う。

呉君玉:「我々書を語る者は頭を使い人を引き付けること。昨日午後、私は舞台に立ち評話を語る一方で、聴き手とのきっかけを探っていた。聴き手と親しくなれる感覚を探し出し、聴き手をこちらの思考経路に乗せてしまう。こうすれば生き生きとした読み物となるし、芸も生き生きとする。この3日間はこの日のために工夫した。上手く読めれば自分も気持ちが良い。伝統演目は根っこであり、“理、味、趣、細、技”の5文字を欠くことは出来ない。虚心をもって学び、自己否定をすれば、新たなる肯定に出会い、そうすれば成功する。これは弁証法である。

周良:「今回の評話座談会は金声伯師の提案によって開催されたが、評話振興は自己努力如何であり、評話自体の衰退原因を検討しなければならない。不公平な待遇に関しては連名にて幹部に書簡を送り反映させアピールさせねばならない。コンクールなどで10分、20分ではどうして評話を演じられるのか、決定権を握る審査委員が必ずしも評話が分かっているわけでなく、蘇州方言が聴き取れないならどうして立派な審査委員と言えるのか」

姜永春:「評話家と弾詞家とでは公演引き受けの待遇が不公平だ。評話の演目に障害を設けるべきでないし、マーケットに目を向けるべきで、良い演目は残るし、悪ければマーケットで淘汰されてしまう。ここで要望を一つ挙げたい。もしも評話家が1年間で200300の口演の出来が秀逸ならば、関係指導者から精神的な激励を頂けるようにして欲しい。伝統の継承とは、“法”の借用であるべきで、“形”の借用ではない。そして伝統的な読み物の“法”を如何に新作の読み物の中に入れるかということだ。人物が登場して来ると、聴き手はその特定の動作を一目見ればそれが誰か分かってしまう。

李剛:「伝統の継承に関し、聴き手との相互作用、顧客を自分の世界に引き込まなければならない。また、金声伯師や呉君玉師をお手本としていて、昨日の呉君玉師の口演では“超級女孩”“超級男孩”※訳注など新しい要素をすべて盛り込んでおられた。思うに評話は商品であり、要は自分に取り出せる物を持つべきだ」。

周強:「評話の内容で新機軸を打ち出すこと、リズム感がある事、評話を発展させる要は人である。現在、評話家の年齢は高すぎ、評弾学校には評話コースが設けられていない。かなり多くの指導者が評話、弾詞の区別さえ出来ておらず、評話振興で頼りとなるのは自分だけ。呉君玉師が言っておられたが、どうして師匠の評話では歌が無いのかと尋ねられたとのことだ。(会場笑い)」

楊玉麟:「評話に風格が有るべきで、創作活動を奨励すべきだ。評話家、その研究者、いずれもその後継者を育てるべきだ」

馬宏梁:「上手い評話家を評弾団内に取り込むべきだ」

周明華:「(歌の)“インターナショナル”の “本来救世主なんていない、頼れるのはすべて自分”という歌詞が評話そのもの。

姜永春:「評話も二人一組、男女共演など試してみても良いと思う」

金声伯:「現在の評話には“評”の要素が欠けている。“評”が有ればさまざまな流派が聴ける。“評”が最も上手いのが張国良で、上手いところを聴かせることが出来る。これは助けだ。今のところ読みに味わいの無い演者もいる」

一言一言の発言に、評話家ゆえに、その言葉にはどこかユーモアが有り、時ならず笑い声も漏れた。終了後に皆で記念撮影をおこなった。

訳注

1.      赤字の氏名は評話家名

2.      カッコ内、斜線は翻訳者による追記部分

3.      訳注※超級女孩”“超級男孩” 下記参照

「中国では以前から「超級女孩」がブーム。つまり、オーディションで女の子を選んでデビューさせるってことですな。ここから出た子たち、ものすごい人気です。なぜかボーイッシュな子が人気があるようで、有名になっていった子は大概、線の細い短髪。日本だったら絶対にアイドルとは呼ばれないようなタイプです。国が違うと、受け入れられるタイプも全然違うってことですな。

で、女の子のでこんなにブームになったから、男の子もオーディションしておこうってことで(?)、近頃は「超級男孩」も続々と登場。各テレビ局で類似番組が続出です。」

 

     

の開口一番               張国良が口火を切った            徐檬丹の発言

    

徐檬丹の発言                金声伯の発言                 金声伯の発言

     

呉君玉の発言                呉君玉の発言                    周良の発言

(ホームページ「中国評弾NET」より採取、翻訳。